池見記念心療内科クリニック開院にあたって
多くの御蔭を頂いて

(医)聖恵会 理事長

    安松聖高

 夢見心地に遠くを見遣りつつ、酉次郎先生の「願」がおのずと顕現されゆく本来の臨床の場が設えられないものかと、昨年初め頃より池見隆雄先生と二人で話し合っておりました。しかし、たとえ実現したとしても、まだかなり先のことであろうと考えていました。それがはからずもこの度、池見葉満代夫人、久保千春教授をはじめ、有縁の方々の御尽力により、豊かな知性と濃やかな人情を兼ね備えられた優れた身心一如の臨床家たる三島徳雄先生を院長にお迎えし、平成18年4月1日開院させて頂く運びとなりました。これまでの御配慮、御厚情に、この場をお借りして心より感謝申し上げます。
 酉次郎先生は「人間回復の医学」の中で、身心一如の医学観察を体系づける為の長い歩みに一応のピリオドを打てたのは、本多正昭先生を通して相即の原理に出会ったことによる旨のことを述べておられます。つまり、身心一如が単なる一元論ではなく、もちろん二元論でもなく、不一不二すなわち相即であるというところに心身医学の哲学的根拠を発見されたと拝察致します。
 さて、父の通夜の日に酉次郎先生より励ましのお電話を頂きました。「君は和尚となり、佛教の立場に立って医学を実践しなさい。それは、立派な世直しになります」といった御言葉でした。父が旅立って約11年4ヶ月が経ちましたが、今でも先生の御声が私の心の深処に鳴り響いているようですし、迷いながらも日々を生き抜く力の源泉となっていると感じております。
 御蔭様で福岡聖恵病院を開院してより今年で7年になりますが、来し方を振り返る時、現在何とか無事に過ごさせて頂いていることに不可思議の観を禁じ得ません。我々の自己の底には何処までも自己を越えた大いなるいのち(かといって自己と異なるものでもない、不一不二なる相即せるいのち)があって、その大いなるいのちから授かった見守られ体験の只中で歩を運び、運ばされてきたような気がしますし、最近ますます後者の観が強まっております。行く末も、虚仮の一念で大乗佛教の精神の核たる「相即」の知解を越えた体解につとめつつ、その実践に専念し徹していけるようにとひたすら願っております。この相即への願いが膨らむほどに、酉次郎先生の仰った「佛教の立場に立って医学を実践する」に相応しい場がおのずと布置されていくと覚信しております。
 三島院長が実践なさっておられるソリューション・フォーカスト・セラピー(SFT)は、「クライエント自身が解決する資源を持っている」という強い信頼に基づいた心理療法であり、クライエントの可能性を引き出す治療法であると先生から伺っております。私はかねてより、その人が生きていく力になるのは、その人を悩ませた苦しみそのものであり、苦しみが生きる力を育んでくれるのだと信じておりましたし、病むというマイナスの事態の中に却って、人生にとってのプラス的、積極的意義があると考えていました。このような相即的自覚とSFTとは軌を一にしていると観じておりますが、今後さらに三島先生にお導き頂きつつ、相即に基づいた精神療法論をあたためていければと願っています。
 池見隆雄先生はエンカウンター・グループを継続し培ってこられましたが、先生がその場に佇んでおられるだけで場全体の雰囲気がおのずと和らいでいくようです。先生には、目的や効果やまして打算などを勘定に入れずに、ただ無条件にその場にともに居合わせる優れた能力(或いは感性)がおありのようです。この知的意味連関の世界を空ぜしめる先生の力のルーツは、御尊父酉次郎先生の光明と不一不二なる、逆対応せるshadowに存立しているとの空想が拡がります。また、「月明かり照るほど暗し松の陰」或いは「松陰の暗きは月の光なり」という句も連想されます。そして、隆雄先生のshadowにこそ、クリニックを支える力や時代精神に乗る力が内包されているとすら観じております。

 多方面に亘って人と人との絆が寸断され、或いは希薄化し、人々の心象風景が極めて乱れた世相にあって、医療のみではクライエントを支えきれなくなりつつあるのが現状であると存じます。また、佛教も形骸化し、人々の悩みの置き場所や納まり場所としての役割を担えなくなっているとも考えます。
 池見身心医学は臨床医学であるに留まらず、佛教を初めとする宗教や臨床心理学、哲学等の多岐に亘る分野を包含する総合人間学であり、この総合人間学の実践の場を調え設えることは、まさに時機にかなったことであると存じます。
 4月1日の開設が近づくにつれ希望と不安の両価性が高まっておりますが、成功するもしないも業報にさしまかせて、酉次郎先生の御霊に本来の心療内科の姿を問いつつ、三島徳雄院長や池見隆雄先生のご指導のもと、皆でひたすらクライエントのために親切を尽くして共感が豊かに息づくよう勤めるうちに、おのずと道は開かれてくるであろうと信じております。
 今後も何卒ご支援のほど宜しくお願い申し上げます


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